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庶民ゴルファーには夢のまた夢のアルバトロス

町おこしのための手作りトーナメントといわれる「とおとうみ浜松オープン」(静岡県・グランディ浜松GC)2日目に、谷口徹選手が、アルバトロスをやってのけた。

谷口選手といえば、前の週の日本プロ選手権で、同大会2勝目を挙げたばかり。
そのご褒美なのか、531ヤード・パー5の13番で、残り257ヤードの第2打を5番ウッドで打ったところ、
これが見事にカップインし、パーより3打少ない“2”で上がった。

パー5ホールで2打で上がることを、「アルバトロス」という。
アルバトロスの意味は“アホウドリ”である。

この命名のきっかけを作ったのは実は誰あろうあのボビー・ジョーンズ(米国)である。
ジョーンズとは、1930年にゴルファーとしてただ1人年間グランドスラム(全米オープン、全英オープン、全米アマ、全英アマ)を達成し、“球聖”と呼ばれる偉大なアマチュアである。

前週の日本プロ優勝に続いて、今度はアルバトロスの偉業を達成した谷口徹選手


ジョーンズは1921年にセントアンドルースで行われる全英オープンの前に行われた英米対抗戦のウォーカー・カップに出場した。
そのとき、英国チームのキャプテン、シリル・トレイが、「パー5を2打で入れたら、私がそのことを命名する」
と雑談し、傍らにいたジョーンズがそれを聞き、「じゃあ私がそれを出しましょう」と宣言。その言葉どおり、大会でパー5のホールで奇跡的に2で上がった。

試合後のパーティで、トレイとジョーンズは、マイクの前で「アルバトロス(アホウドリ)」とユーモアを交えて発表、ヤンヤの喝采を浴びた。
アホウドリとは、翼と風を「巧みに利用して、長距離を飛ぶ鳥。パー5を2打で上がることは、大西洋を渡る鳥ほどに、難しく、達成不能なことからそう名づけたのだ。

このアルバトロス、別名を「ダブルイーグル」とも呼ばれる。
その言葉を有名にしたのは、1935年のマスターズである。
このとき、最終日、2位に大差をつけてホールアウトしたのはクレイグ・ウッド(米国)
そして、これを追いかけていたのがジーン・サラゼン(米国)だった。

サラゼンが15番パー5に来たとき、すでにホールアウトしていたウッドとは3打差。
追いつくには残り4ホールで3つのバーディが必要で、常識的には不可能な数字だった。

ところがこの15番、フェアウェイの第2打でサラゼンが手にしたのは4番ウッド。
イチカバチカの2オン狙いである。
池越えのこのホールで、もし池にぶち込んだらその時点でサラゼンのチャンスは消える。

ところが4番ウッドの第2打は、ピンに真っ直ぐ進み、手前から数バウンドでカップに消えた。
奇跡のアルバトロスである。メディアはこの快挙を“ダブルイーグル”と言って世界中に打電した。

これで勢いづいたサラゼンは、3打差を追いつき、翌日のプレーオフに持ち込み、見事優勝した。
今でこそ、ちょっとした飛ばし屋なら15番はショートアイアンで2オンするが、クラブもボールも違う、80年近い前の時代。2オンは奇跡に近い快挙だった。

アルバトロスは、用具が進化した現在、結構出る。
日本の男子ツアーでも、これまで29回も出ている。
しかし、それが優勝に結びついた例はほとんどない。

250ヤード以上も先の小さなカップに一発でボールを入れるなんて、神のみぞ知る奇跡だ。


その中で、快挙は、2011年、女子プロツアー「スタンレ-・レディス」(静岡県・東名CC)で優勝した有村智恵選手の例だ。
 
有村選手は初日、8番のパー5で第2打を直接入れるアルバトロス。そして好調なショットを持続し、イン16番のパー3で今度はホールインワン。これで波に乗り、完全優勝を成し遂げた。

ちなみに1Rでアルバトロスとホールインワンを同時に達成したのは、世界初。またその確率は3万年に1回
という、まさに夢のような快挙だった。

アルバトロスは、ホールインワンと違い、パー5での2打のホールインだから、その難しさは比べ物にならない。
ティーアップし、ほとんど200ヤード以内のパー3と比べると、地面の上から、それもプロでも250ヤード前後は飛ばさなければならない。ましてやアマチュアとなると、ドライバーショットも、セカンドショット(ほとんどウッド)も完璧でなければ可能性はない。

でも、過去に私は185ヤードの第2打(パー4)を直接カップインのイーグルを取ったこともあるから、あながち不可能とはいいきれない。
アルバトロスを万が一達成したら、ゴルフをやめてもいいと思っているのだが・・・・・・。
# by golf-mkou | 2012-05-22 10:54 | Trackback

オールドマンパーの真髄に触れて優勝した谷口徹

「パーを取ることだけに集中して勝てた」
国内メジャーの日本プロ選手権に2度目の優勝を飾った谷口徹(44)の第一声である。

これほどパーを取ることに四苦八苦した大会は珍しい。
名匠、井上誠一が設計した栃木県の烏山城CC。
かつて私もメンバーとして籍をおいたコースである。

アンジュレーションがあり、硬くて、超高速のグリーンが選手を苦しめた烏山城CCの15番ホール。


難度の高さは、数え切れないプレーで実感している。
しかし、今回はコースの難しさに加えて、雨や、強風などの予想外のアクシデントが難しさに輪をかけた。
ただし、本当の難しさは、そうした二次的なものではなく、グリーンのレベルの高さにあった。

硬くて速い上に、きついアンジュレーションがある。
スピンコントロールもままならず、上につければ、ジャストタッチでない限り、カップをはるかにオーバーする。
また、オンした位置次第で、短い距離でもとてつもなく曲がる。
技術、頭、精神のコントロールが毎ホール要求される。

こういうシチュエーションのコースは日本のプロゴルフ競技では滅多に見られない。
だが、こんな設定は、欧米、特に世界のメジャーでは当たり前である。
全米オープンや、全英オープンの難しさに比べれば、この程度は、子どもの遊びにも等しいかもしれない。
ただ、こんな予想外のグリーンに慣れていない、日本のプロに対応能力がなかっただけだ。
まあ、はっきり言えば、日本のプロのレベルはそんな程度なのである。

「オールドマンパー」の大切さに気づいて謙虚なゴルフを続け、見事完全優勝した谷口徹。


「オールドマンパー」という言葉がある。
平たくいえば、「パーおじさん」である。
“球聖”といわれたボビー・ジョーンズが、この境地に達して、1930年前人未到の年間グランドスラムを達成し、その真髄を世のゴルファーに贈った言葉である。

ゴルフの究極の目的は、ホールのパーに挑戦するところにある。
この箴言ともいえる言葉の中には様々な意味がある。

ゴルフコースはパーを基準に設定されている。
コース設計家はパーを取るためのルートを必ず設けている。
そしてこのルートを辿るためには、池、クリーク、谷、OB,林、バンカーといったハザードを避け、
なおかつ風や雨など自然のハザードが待ち構えている。
そして、最後の難関が、グリーンである。

「鏡のように速い」といわれるマスターズのオーガスタを見れば分かる。
バーディを狙うには畳2畳分ほどのスペースしかなく、パーを拾うにはアプローチで座布団1枚ピンポイント
を狙うしかないホールの数々。
まるで針の穴を通すような精度の高いショットが要求される。

そして人間なら誰でもが持つプレッシャーや、欲がまた行く手を阻む。

ジョーンズの言う「オールドマンパー」は心技体のバランスはもちろん、そうした不安や欲を克服するという
意味合いを持つ。そして自然や、コースに対する“謙虚さ”こそが最も大切と説いている。
「オールドマンパー」は、ゴルフに対する姿勢、哲学のようなものを言う。

雨や風、硬くて速いグリーンを前にこのことにいち早く気づいたのが谷口。
だから「パーをキープしてチャンスを待つ」ゴルフに徹することができた。
もちろんその背景には、磨きぬかれたショットや、過去日本オープン2度、日本プロ1度の優勝経験がある。
でも最大の勝因は、「オールドマンパー」の真髄を体得したことだと思う。

これに比べ、2日目で予選落ちした石川遼はまだまだ未熟だ。
ゴルフは、パーを目標に、“点”と“点”をつなぐことを忘れ、遮二無二バーディを狙いにいく。
バーディはあくまでパーを目標にしたその延長にすぎない。
だから今回のような難しいコースはペナルティを科す。

だが石川より罪が重いのは、選手のレベルアップを二の次にし、周囲に妥協してイージーなコースセッテイングに甘んじてきたゴルフ団体だ。
バーディを量産することがトーナメントを面白く見せるという錯覚。
だが、パーを必死に取るゴルフがいかに面白いか、今回の大会は証明してくれた。

「オールドマンパー」の大切さを教えてくれた烏山城の日本プロ。
これを教訓にしなければ、日本のプロゴルフの未来はない。
# by golf-mkou | 2012-05-15 10:48 | Trackback

メジャーとは名ばかりのワールドレディス

ゴールデンウィークの真っ只中で行われた女子ゴルフ国内メジャーの緒戦「ワールドレディス・チャンピオンシップ・サロンパスカップ」(茨城県・茨城GC・西コース)は、最終日晴天の中で、アン・ソンジュ、朴仁妃の韓国勢と、一昨年勝者のモーガン・プレッセル(米国)によるプレーオフの結果、アンが2人を退けて2連覇を成し遂げた。

残念ながら、2週前に米ツアーで優勝した宮里藍は10位に終わり、日本選手は誰1人優勝争いに加われなかった。
でも、外国選手の熾烈な争いは、インターナショナルの試合にふさわしく、それはそれで格調高いものになったことは確か。

だが、この格調高さに水を差したのは誰あろう主催の女子プロ協会と、テレビ局である。
その理由は本来72ホールで争うチャンピオンシップを54ホールに短縮したことだ。

2連覇したアンソンジュ。でもせっかくのメジャータイトルも54ホールでは色あせてしまい、本人に気の毒


初日の5月3日は全国的に荒れ模様の天気。
茨城県も悪天候に見舞われ、それでも予定より1時間遅らせてスタート。
しかし降りしきる雨のため、午前10時すぎに中断。
だが、雨足は強くなる一方で、午後1時半に中止を決めた。
この時点で、半数の選手がまだスタートしていなかった。

こういう事態のために、月曜日の予備日は当然設けている。
ところが女子プロ協会は、中止を決定した直後に早々と54ホールの短縮を選手に告げた。

この大会は、3年前に「メジャー」に昇格している。
メジャーというのは、他の試合と一線を画している。
権威や、後世に記録を残す意味でも、試合方法を簡単に変更するものでもないし、またある意味主催者の
手を離れている。それがメジャーの格式でもあるし、権威でもある。

昨年の全米女子オープンを覚えている人も多いと思う。
宮里藍、宮里美香の日本選手が前半トップグループに立ち、待望の日本選手の優勝が見られるかと
日本中が沸いた。

ところが後半に度重なる雷雨で、何度も中断をよぎなくされ、日没サスペンデッドで変則ゲームとなった。
両宮里は、これで体力を消耗し、早朝スタートの第3ラウンドでスコアを崩し後退。
だが、主催のUSGA(全米ゴルフ協会)は、雷雨という危険なコンディションにもかかわらず、短縮などせず、
月曜日まで試合を延ばし、結局5日間72ホールのロングランゲームとなった。

その厳しい状況の中で、5日目の最終ラウンド、両宮里はゴルフを建て直し、美香5位、藍6位タイと大健闘。
疲れ果てたが、自分との戦いに最後までくじけなかった両宮里の顔は誇りに溢れていた。
これがメジャーの意義であり、権威である。

期間中、数々のドラマを見せた茨城GC・西コース14番(パー4)ゴルフ場サイドは月曜の予備日も準備していたのに・・・・・


今回短縮が決定した後、宮里藍は「72ホールするのがメジャーの醍醐味というか、難しさなので消化したかった」と言い、前週のサイバーエージェントで左手首ケガを克服して久々優勝した有村智恵は「メジャーは4日間72ホール戦ってこそ価値があるし、やりたかった気持ちは強い」と唇を噛み締めた。

選手の思いを簡単に覆してしまう女子プロ協会や、自分の都合をゴリ押しするテレビ局。(月曜日に順延すれば、スポンサーもつかず、経費もかかり、視聴率も取れないなどマイナス面が多い)

そのご都合主義をひた隠し、テレビの画面で「これがメジャー」と連呼するアナウンサーや解説者(樋口久子前女子プロ協会会長)の大げさな声を聞くたびに、しらけるのは私だけでななかったはずだ。
まあ、付け加えればメジャーというのは全米女子オープンや全英女子オープンなど、世界中の強豪が目の色を変える試合をいう。
「メジャー」と軽々しく口にするところが、いかにも安っぽいことに関係者は気づいていないようだ。
# by golf-mkou | 2012-05-09 11:35 | Trackback

日本一のコース設計家、井上誠一氏の知られざる素顔

写真は、日本を代表するゴルフコース設計家の井上誠一氏のある日のスナップである。
井上氏は、1981年(昭和56年)11月26日に、73歳で亡くなられた。
氏の私生活はあまり語られず、謎に包まれている。
そんなせいか、写真もほとんど表に出ず(写真嫌い?)
このスナップは貴重な記録でもある。

撮影されたのは、氏が円熟期の60代初めの頃。1969年前後のスナップだ。
撮影者は、当時氏と親交の深かった辻田昌徳氏。
九州・長崎県の大村湾CCの現取締役会長(現在87歳)である。
辻田氏は、このブログでも紹介した福島県のボナリ高原GCの創設者でもある。

円熟期の60代初めの頃の井上誠一氏。お洒落で、シャイな風情が漂っている。(辻田昌徳氏撮影)


撮影場所は、辻田氏と、井上氏が熊本からフェリーで、島原経由で大村湾へ向かう船上。
リラックスした表情の井上氏を見ても、辻田氏との深い交友が偲ばれる。
井上氏は、島原を通る船から見えるとあるコースを指して
「ああいうのを簾(すだれ)コースという。山の斜面に段々畑のように、行って来いの単調な作り。
ゴルフコースというのは、東西南北いろんな方向に向かってこそ、太陽光線の変化や、自然の美しさ
を引き出すことができる。簾じゃ、本当の設計とは程遠い」

滅多に他人に、仕事のことを口に出さない井上氏の珍しいコース批評だったと、当時を振り返って
辻田氏は語っている。
大村湾に到着したその夜、お二人は海に面した老舗の割烹料理屋で、食事をしたが、その席に
もう一人、大村湾CCを設計した小笹昭三氏も同席した。
その小笹氏に、井上氏はコースの(大村湾CC・オールドコース)レイアウトに対して、相当厳しく
意見を述べ、高名な井上氏の言葉に小笹氏は一言もなかったそうだ。

コース設計には妥協を許さぬ厳しさ。
それが氏を、日本を代表する名匠と位置づけられる所以でもある。

コース設計というと、土木的なイメージをもたれやすいが、井上氏は芸術家的な肌合いを漂わす。
辻田氏が東京在住の頃、井上氏とよく行き着けの銀座のクラブに通った。
「井上先生は、美人がいるところじゃないと絶対だめ。それも品がよく、都会的に洗練された子が
お気に入り。その中でも特に白魚のように指の綺麗な子が好み。静かに酒を飲みながら、その
綺麗な指をなぜていた。かといって下心があるわけじゃなく、実に品のいい飲み方でした」(辻田氏)

美人の女性というより、美しいものを好む。
そういえば、井上氏の設計のコンセプトの中に、コースを女体に見立て、流麗なラインを描いている
という特徴がある。ただし、見た目は美しくても、攻めると手に負えないところも、美女そのもの。
美女の綺麗な手をなぜるのは、もしかしてコースのイメージを模索しているのかもしれない。

服装はいつも、清潔なものを身に付け、趣味のいいネクタイを欠かさず、実にお洒落。
絵画を好み(ご自身も日本画をたしなむ)ワビサビに通じている。

「繊細というか、神経質で、何事もきちんとしていないと、我慢できない性質だった。また人の好き嫌い
もはっきりしていて、無神経で、無粋な人間は特に嫌っていたようです」(辻田氏)

井上氏の父親は東京半蔵門に眼科の医院を構え、当時天皇陛下の眼科の主治医だったそう。
そんな育ちも、潔癖性に影響を与えていたのかもしれない。

まるで額縁の絵を見ているような美しくて、戦略的な茨木CC・西コース。井上氏の代表作の一つだ


井上氏のコース設計のきっかけとなったのは、静岡県川奈で病気療養中、あの川奈ホテルGC
設計で訪れていたC・H・アリソン(兵庫県の広野GCの設計で知られる)に出会ったため。
アリソンの師は、英国のハリー・コルトであり、アリソンと双璧と言われるのが、やはりコルトの
弟子のアリスター・マッケンジー(マスターズ開催のオーガスタ・ナショナルGCや、世界的なサイプレス・
ポイントGCの設計者)

「コースは美しく、戦略的でなければならない」その設計思想が、井上氏の琴線に触れた。

大洗GC、龍ヶ崎CC、日光CC、茨木GC・西コース、武蔵CC、大利根GC、鷹之台CC。
氏の代表するコースは、まさに美と、格調の高さに溢れている。

繊細で、美意識に溢れ、妥協を許さない、芸術家肌だからこそ、誕生した名コースの数々。

まさに不世出の天才ゴルフアーキテクト。
それがこの1枚の写真に漂っている。
# by golf-mkou | 2012-05-02 18:31

小沢一郎元代表の無罪と、ゴルフ業界の相関関係?

小沢一郎元代表が、長引く裁判の末、無罪となった。
政治記者ではない私には、その是非はわからない。
ただ、あらゆるメディアや、世間(といっても大衆ではない)が、無罪にいなった後でも執拗にバッシングを
続ける姿はどう見ても異常としか思えない。
これはどう見ても、集団イジメではないか。

私たちは、自民党政権が嫌になり、国民のためという民主党のマニフェストを信じて1票を投じた。
その約束がことごとく裏切られて、失望を感じている。
消費税は向こう4年間絶対に上げないと、大見得を切ったのは、どこのどなただったろう。
それが舌の根も乾かないうちに、「10%」に値上げするという。

小沢元代表は民主党執行部のその変節(裏切り?)に真っ向から反対している。
「国民との約束を破っては、支持を受けた民主党の存在価値はない」というのがその主張。
これって、至極真っ当な筋論ではないのか。

小沢一郎元代表は無罪になったが、今後の動向が日本の行く末を大きく左右することに


借金大国の日本に財源がないのはわかっている。
だがそれを人質に、「増税ありき」をさも正義のように振りかざし、「不退転の決意」とか「命をかける」
となんとかの一つ覚えのように唱える野田首相の顔を見ると、空恐ろしくなってくる。
後ろでせせら笑っている財務官僚の顔とダブって見えるのは私だけだろうか。

小沢元代表は、増税に反対しているわけではない。
「今、この時期に消費税を上げるのは、日本をドロ沼に落とし込むようなもの。国民をこれ以上苦しめる
必要がどこにあるのか」と言っているのだ。
今、増税をすれば、日本経済は取り返しのつかないことになるとも言っている。

平成9年の橋本龍太郎政権による消費税増税(3%から5%に)を期に、日本は慢性デフレのドロ沼に
はまり込んだ。
勤労者世帯の23年の1ヶ月当たりの可処分所得は、9年に比べて15%、7万6700円も減ったそうだ。
この間の消費者物価下落幅は3・3%、家計消費は3%減にとどまっていた。
物価が下がっても、所得が大きく落ち込んだために、消費も下がるだけ。
このため、企業の収益は落ち込み、国の税収は増えるどころか、減収になっている。(この項産経新聞日曜経済講座から)
消費税アップが国を潤すは真っ赤なウソだったのだ。

消費税増税は、日本のプロゴルフツアーの減少にもなりかねない

ゴルフ業界もデフレの真っ只中である。
今、消費税を上げたら、どうなるか。
サラリーマン世帯は、家計を切り詰め、少しでも無駄を省こうとする。
消費は最低必要経費にとどめ、とりあえず我慢のできるレジャーなどからカットしていくだろう。

その槍玉にあがるのはゴルフなど最たるもの。
ゴルフは、プレー代、交通費など諸々かかる。
利用税の他に、消費税が10%となれば、こちらの出費も大きい。
クラブやボールの購入にも、10%は重くのしかかってくる。
プレーも、消費も落ち込む一方。
かくして、ゴルフから遠ざかるゴルファーは増え、ゴルフ業界は更なる不況を迎えることになる。
楽しみを奪われる社会は、無味乾燥そのものだ。

「消費税アップ」が国民のためなどと、野田首相はどの面下げて言っているのだろう。

「今、上げる時期ではない」という小沢元代表の言葉は、まさに国民の立場に立っている。
そんな人が、寄ってたかってバッシングを受ける。
これで本当に民主社会といえるのだろうか。
# by golf-mkou | 2012-04-29 11:05
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